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2014年11月

2014年11月29日 (土)

いよいよ「仁和寺」へ

食事を済ませた後、いよいよ、今回最後の訪問地「仁和寺」へ向かいます。

「龍安寺」から「仁和寺」までは、すぐの距離です。

仁和寺(にんなじ)は、京都府京都市右京区御室にある真言宗御室派総本山の寺院で、山号を大内山。本尊には阿弥陀如来が祀られており、開基(創立者)は宇多天皇。

まずは、正面入り口の「仁王門」

「仁和寺」のHPを引用すると・・・・(以下参照)

仁和寺の正面に建つ巨大な門で、高さは18.77mで重層、入母屋造、本瓦葺。門正面の左右に阿吽の二王像、後面には唐獅子像を安置します。同時期に建立された知恩院三門、南禅寺三門が禅宗様の三門であったのに対し、平安時代の伝統を引く和様で統一されています。

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「仁王門」をくぐって、先に行くと、右側には「五重塔」が見えます。

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「五重塔」周辺は、紅葉で奇麗でした。

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「五重塔」

寛永21年(1644年)建立。塔身32.7m、総高36.18mで東寺の五重塔と同様に、上層から下層にかけて各層の幅にあまり差が見られない姿が特徴的です。初重西側には、大日如来を示す梵字の額が懸けられてます。

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仁和寺の歴史は仁和2年(886年)第58代光孝天皇によって「西山御願寺」と称する一寺の建立を発願されたことに始まります。
しかし翌年、光孝天皇は志半ばにして崩御されたため、第59代宇多天皇が先帝の遺志を継がれ、仁和4年(888年)に完成。寺号も元号から仁和寺となりました。

応仁元年(1467年)に始まった応仁の乱で、仁和寺は一山のほとんどを兵火で焼失するという悲運に見舞われました。

応仁の乱から約160年後の寛永11年(1634年)、ようやく再興の機会が訪れます。『仁和寺御伝』によれば、同年7月24日、仁和寺第21世 覚深法親王は、上洛していた徳川幕府3代将軍家光に仁和寺再興を申し入れ、承諾されるのです。

そして、昭和時代に入ると、仁和寺は真言宗御室派の総本山となり、近年では平成6年(1994年)に古都京都の文化財の1つとしてユネスコの「世界遺産」に登録されました。(HPより)

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「五重塔」の奥には、「九所明神」の社があります。

お寺に神社??????ちょっと不思議な感じですが・・・・・・・

仁和寺の伽藍を守る社だそうです。

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この社周辺も見事な紅葉が・・・・・・

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「金堂」の右側には、「経蔵」

寛永〜正保年間の建立で、宝形造、本瓦葺。正面に両開きの板唐戸、左右に花頭窓を付け、禅宗様で統一されます。

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「金堂」の左側にある「鐘楼」周辺も、鮮やかな紅葉!!

この「鐘楼」は、入母屋造、本瓦葺で、「鐘楼」の「楼」とは元来二階建ての建物を指します。階上は朱塗で高欄を周囲に廻らせ、下部は袴腰式と呼ばれる袴のような板張りの覆いが特徴的です。

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ここ「仁和寺」は、「御室桜」でも有名で、「春はこの境内の奥に八重桜多し、洛中洛外にて第一とす、吉野の山桜に対すべし、…花見る人多くして日々群衆せり…」と記され、吉野の桜に比べて優るとも劣らないと絶賛されていて、数多くの和歌にも詠われています。

 

「仁和寺」出て、嵐電北野線でJR太秦駅経由で、京都駅へ・・・・・・・

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「御室仁和寺駅」は無人駅で、走る電車は1両のワンマン電車です。

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JR京都駅で、柿の葉寿司弁当を買って、いよいよ帰路につきます。

墓参りも含めて、わずか2日間の京都巡りでしたが、来年はどこを巡ろうかな……!!

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2014年11月27日 (木)

龍安寺

「金閣寺」から「龍安寺」を経由して「仁和寺」に向かうには、バスを利用した方が早いのですが、今回は、「きぬかけの路」を歩いて移動することにしました。

「きぬかけの路」は、衣笠山の山裾を金閣寺から龍安寺を経て、御室仁和寺へと続く2.5キロの道の事で、御室仁和寺の開山、創建者である第50代宇多天皇(867~931)が、真夏に雪見を思い立ち、衣笠山に白い絹を掛けられたとの古事に由来してるそうです。

ロマンチックな路を想像していたのですが、普通の道路で、ちょっとイメージとは違います。

途中「等寺院」へ寄り道するコースもありますが今回は、直接「龍安寺」へ・・・・・・のんびり歩いて20分程。

途中の「立命館大学」付近見つけた断層。綺麗に露出していて赤銅色が綺麗ので、思わずパチリ!!

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途中、少し坂道もありますが、心地よいウォーキング気分で「龍安寺」に到着。

拝観受付をして、山門をくぐると左手には「鏡容池」があり、その岸辺には見事な紅葉が見られます。

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さらに奥に進むと、社務所付近はまだまだ青々としたモミジが多く、これが真っ赤に紅葉すれば、さぞかし綺麗でしょうね。

龍安寺(りょうあんじ)

京都市右京区にある臨済宗妙心寺派の寺院で、妙心寺の境外塔頭寺院です。

石庭で知られ、山号を大雲山と称し、本尊は釈迦如来、開基(創立者)は細川勝元、開山(初代住職)は義天玄承です。「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されています。

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そして、あの有名な「石庭」。

「金閣寺」と違い、人も少なく、ゆっくり座って観賞することが出来ました。

残念ながら、広角レンズが無い為に、全景は撮れません。(全景は、パノラマ写真で撮ったものをトップのタイトルバナーに載せてますので、そちらを・・・・)

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方丈庭園、「龍安寺の石庭」

幅 22メートル、奥行 10メートルほどの敷地に白砂を敷き詰め、帚目を付け、15個の石を一見無造作に5か所、点在させただけのシンプルな庭です。

最大の特徴は、「水を感じさせるために水を抜く」ということで、水を見立てられるようなものに作られていて、白砂も大海をイメージし、岩は島というより山をイメージしてるそうです。

15個の石は、庭をどちらから眺めても、必ず1個は他の石に隠れて見えないように設計されていると云われていますが、中の部屋から1ヶ所だけ15個の石全てが見える位置があるそうです。

次の写真は、モノクロにした、一番真ん中の石。

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庭の先にはこんな綺麗な紅葉も見れました。

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方丈を出て、今度は回廊式庭園へ・・・・・

最盛期の龍安寺には塔頭が21か寺、軒を連ねていたと云われていました(現存するものは3か寺)。

『都名所図会』のような絵入りの名所案内書(現代の旅行ガイドブックに相当)には、当時、龍安寺の池はオシドリの名所として知られており、今日有名な石庭よりもむしろ、池を中心とした池泉回遊式庭園の方が著名であったそうです。(以上、ウィキペディアより)

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「龍安寺」を出る頃には、そろそろお腹も減ってきたので、歩きながら店を探してると・・・・

「きぬかけの路」沿いに、一見、喫茶店風のこんな店を見つけました。

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無添加そば粉100%が売りのソバ屋さんらしい。

恐る恐る、中を覗いてみると、なぜか、狭い店内に、ジャズっぽい音楽が流れています。

しかも、懐かしい真空管アンプから・・・・・

そして、店内では目の前で、店主がソバを打っています。これにはビックリ!!

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案内されるままに、テーブルに座って店主お薦めの品を注文。

私は、もちろん、にしん蕎麦

ところが、暖かいにしん蕎麦ではなく、冷たいにしん蕎麦。さすがに初めてです。

もちろん、暖かいにしんそばもあるのですが、100%打ちたてのソバは、柔らかくなってしまうので、冷たい方が美味しいとのこと。(もちろん暖かいのもありますが、打ちたてではない?)

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女房殿は、手打ち蕎麦

とろろと生卵が付いていて、蕎麦のあとで出るご飯に、残った汁をかけて食べると最高!!

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店主こだわりのお蕎麦屋さんですが、蕎麦の香りを感じながら美味しい蕎麦を頂きました。

お腹もいっぱいになって、いよいよ今回の最終訪問地、「仁和寺」に向かいます。

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2014年11月24日 (月)

ニコンV3のベストモーメントキャプチャーを試す

京都シリーズをちょっと休憩して、以前少し触れたニコンV3の「ベストモーメントキャプチャー(BMC)」について書いてみたいと思います。

当初、不勉強で、この機能について気が付かなかったのですが、今回試してみて、結構、使える感じがします。

BMCの詳しい機能説明は省きますが、乱暴な言い方をすれば、今流行のドライブレコーダーの写真版のようなものでしょうか。(間違ってたらごめんなさい)

シャッターボタンを半押してる間、常に40コマの静止画を一時記憶してくれます。(カメラが自動的に先取り撮影をやってくれます)

そしてシャッターボタンをを全押しした前後に一時的に記憶した40コマの写真から、最大40コマの画像を選択して保存することが出来る機能です。

簡単に云えば、シャッターを全押しした時点で、その直前の写真も記録してくれる機能のようです。

つまり、野鳥の飛び出しシーンを撮る時には、今までは、そのタイミングを外してしまうと、フレームに収まらなかったり、フレームアウトしてしまうことが多かったのですが、この機能を使うと、タイミングが少しずれてシャッターを押しても、常にその前後の場面を40コマ分、一時記録してるため、押す瞬間の少し前のシーンを取り出すことが出来ます。(ちょっと説明が分かり難いですね。)

まず次の写真を見て下さい。

この3枚の写真は、40コマの中から、3枚を取り出したものですが、実際にシャッターを押したのは、2枚目あたりでしょうか。

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次はヒヨドリが飛び立つシーンですが同じように、同じように40コマの中から、選んだものですが、多分シャッターを切った瞬間は3枚目あたりのところかもしれません。

でもしっかり、その前の瞬間をとらえてるのが分かります。

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ここで、ちょっとこの機能を使って撮った写真を、ムービーメーカーを使って、動画風に仕上げてみました。

スズメは40コマのうち39コマの写真を、ヒヨドリは40コマの写真のうち13コマを使っています。(コマ送りは0.1秒に設定)

                                        

上のスズメとヒヨドリは、雨模様の暗い所で撮ったので、今度は晴天の時に試したものを同じように並べてみたいと思います。

偶然、高圧線に止まっていたチョウゲンボウを狙ってみます。

電線に止まってるところは普通に、手持ちで撮ったものです。(トリミングあり)

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このチョウゲンボウの飛び出しを撮るために、BMCにセットして、シャッター半押し状態で飛び出しの瞬間を待ちます。

時間がかかると、リセット状態になりますが、都度、半押しを繰り返しながら待機!!

そして、飛び出した瞬間に、シャッター全押しにします。

待機していたものの、突然予測無しに飛び出した場合は、どうしてもタイミングがずれるのですが、40コマ、見事にとらえてました。

40コマの内、次の3枚を、トリミングして仕上げてみましたが、如何でしょう。

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この時のAFは、固定されてるようで、飛ぶ方向によっては少しピントが甘くなるようです。

ちょうど、置きピンで撮るような感じでしょうか。

次に、アオサギの飛び出しです。

逆光で、後姿ですが、同じように撮ってみました。

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このシーンも、動画風に編集してみましたが、今回は、もう少しスローで…(コマ送りは0.5秒に設定)

                                        

この動画には、原画そのまま使っています。

如何ですか、なかなか面白い機能です。

このBMCには「スロービュー」の機能もついてるようで、もう少し使いこなしてみますね。

*文章で、上手く表現できなくて、分かり難かったり、間違ってるところがあるかもしれません。ご容赦ください。

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2014年11月22日 (土)

金閣「鹿苑寺」

翌17日、案じていた天気も、薄曇りで、何とか変えるまで持ちそうな雰囲気です。

この日は、ホテルでゆっくり朝食後、バスに乗って金閣寺に向かいます。

月曜日だというのに、バスは観光客でいっぱい。

参道の入り口付近から、大文字が良く見えます。

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参道付近は、予想に反して、見事な紅葉でした。

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「総門」をくぐると、左手に「鐘楼」があり、紅葉が綺麗です。

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中に入ると・・・・・・すぐあの有名な「金閣」がみえます。

撮影ポイントには、たくさんの観光客。

金閣寺の正式名は「鹿苑寺」

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「鹿苑寺(ろくおんじ)」

鹿苑寺は、京都市北区にある臨済宗相国寺派の寺で、建物の内外に金箔を貼った3層の楼閣建築である舎利殿は金閣(きんかく)、舎利殿を含めた寺院全体は金閣寺(きんかくじ)として知られています。

相国寺の山外塔頭寺院で、寺名は開基(創設者)である室町幕府3代将軍足利義満の法号・鹿苑院殿にちなんでつけられてます。

山号は北山(ほくざん)、寺紋は五七桐。

義満の北山山荘をその死後に寺としたもので、舎利殿は室町時代前期の北山文化を代表する建築であったが、昭和25年(1950年)に放火により焼失し、昭和30年(1955年)に再建されました。

平成6年(1994年)にユネスコの世界遺産(文化遺産)「古都京都の文化財」の構成資産に登録されています。(ウィキペディアより)

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金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世にあらわしたと言われ、有名な一休禅師の父である後小松天皇を招いたり、中国との貿易を盛んにして文化の発展に貢献した舞台で、この時代の文化を特に北山文化といいます。義満の死後、遺言によりお寺となり、夢窓国師を開山とし、義満の法号鹿苑院殿から二字をとって鹿苑寺と名づけられました。

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金閣寺、銀閣寺がともに相国寺の塔頭寺院であることは、あまり一般に知られていないのではないでしょうか。

相国寺は室町幕府三代将軍 足利義満により創建され、金閣寺もほぼ時を同じくして義満により創建されました。銀閣寺はその後年、同じく室町幕府八代将軍である足利義政により創建されています。。(「鹿苑寺HPより)

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池の反対側の紅葉も綺麗です。

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陸舟(りくしゅう)の松

方丈北側にある足利義満手植えと伝えられる松で、京都三松の一つとされています。

船の形をしていて、義光自身が植えたとされています。

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池を回り込んだ位置からの金閣です。
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さらに回り込んで、裏側(?)から見た「金閣」

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こちらは、高台にある「夕佳亭」にかかる紅葉

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この金閣寺を訪れたのは、何年前だったでしょうか。おぼろげながら覚えていた光景とあまり違和感がないのは、その時の印象がかなり強かったからかも知れませんね。

金閣寺を出た後は、「きぬかけの路」を歩きながら、こんどは「龍安寺」に向かいます。

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2014年11月20日 (木)

京都巡り1日目(宇治平等院)

11月16日(日)~17日(月)、毎年恒例の、墓参りを兼ねた京都観光。

17日の天気予報が、雨模様だったので、心配したのですが、普段の行いが良かった(?)のか、雨も降らず、快適(?)な京都散策でした。

今回のコースは、1日目は、墓がある「黄檗(おうばく)」を訪れて、1年ぶりの墓参りを済ませた後、宇治の「平等院」を巡り、夕刻、妹弟夫婦たちと1年ぶりの食事の予定。

2日目は、「金閣寺」から「きぬかけの路」を歩きながら、「龍安寺」・「仁和寺」を訪れてみました。

今回の旅のお供は、ミラーレスカメラのみ、楽でしたよ。

 

今回は宇治の「平等院」です。

京都駅から宿泊予定のホテルに荷物を預けて、JR奈良線で「黄檗」に向かいます。

ほぼ、1年ぶりの墓参りを済ませた後、JR奈良線「黄檗」から、今度は、京阪電車宇治線の終点「宇治駅」で降り、そのまま「宇治橋」を渡ると、参道に続きます。

お茶の香り漂う参道を進むと、間もなく、「平等院」。この日は日曜日のためか、観光客でいっぱい!

旅の途中でも、やっぱり、鳥が気になりますね。宇治川にはたくさんのサギ達が群れていました。

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早速、「平等院」の中に入ってみますね。

入り口を入って、鳳凰堂の正面右から、池をぐるっと回りながら歩いてみます。

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「平等院」

平等院(びょうどういん)は、京都府宇治市にある藤原氏ゆかりの寺院です。

平安時代後期・11世紀の建築、仏像、絵画、庭園などを今日に伝え、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されています。

山号を朝日山と称し、宗派は17世紀以来天台宗と浄土宗を兼ね、現在は特定の宗派に属さない単立の仏教寺院となっているそうです。本尊は阿弥陀如来、開基は藤原頼通、開山は明尊。(以上、ウィキペディアより)

平等院のHPには、

1000年の歴史
ときの権力者、関白藤原道長が左大臣源重信の婦人から譲り受けた別業をその子頼通が、永承7年(1052)にこれを仏寺に改め、平等院としました。永承7年は末法初年に当たるとされ、末法思想が貴族や僧侶らの心をとらえ、極楽往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していました。その翌年の天喜元年(1053)には平等院の阿弥陀堂(鳳凰堂)が落慶し、堂内には、平安時代の最高の仏師定朝によって制作された丈六の阿弥陀如来坐像が安置され、華やかさを極めたとされています。約1000年前に建立された建造物や仏像が今に伝えられた。・・・・・・・・・とのこと。

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私達には、10円硬貨の表面に刻まれてる「鳳凰堂」の方が身近に感じますね。

平等院鳳凰堂は天喜元年(1053年)に建立された阿弥陀堂ですが、「鳳凰堂」の呼称は後世のもので、平安時代の記録では「阿弥陀堂」あるいは単に「御堂」と呼ばれていたそうです。

堂内須弥壇の格狭間に嵌め込まれた金銅板の延宝8年(1680年)の刻銘に「平等院鳳凰堂」とあり、江戸時代には「鳳凰堂」の呼称があったことがわかるそうです。(ウィキペディアより)

平成24年(2012年)から平成26年(2014年)3月31日まで屋根の葺き替え・柱などの塗り直し修理が行われていたため、この間、鳳凰堂内部の観覧は出来なくなっていましたが、平成26年10月1日、修理工事が完了したので、真新しい「鳳凰堂」。

私には、前の「鳳凰堂」の方が、歴史を感じさせて、良かったような気がしますが、あと数百年もたてば、そんな姿が見られるのでしょうか。

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この日は、残念ながら「鳳凰堂」内の見学は、時間的に締め切られてたため、中には入れませんでした。

仕方なく、池の周りをぐるっとまわりこんで、「鐘楼」を経由して、「鳳凰館」に向かいます。

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「鳳凰館」は、平成13年(2001年)にはそれまでの「宝物館」に代わり、「平等院ミュージアム鳳翔館」としてオープンしたもので、平等院ゆかりのものが、たくさん展示されていますが、この日は、修学旅行生や観光客が多すぎて、とても見学どころではなく、素通りしただけ・・・・・

裏の「大書院」の前のモミジが綺麗でした。

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「鳳凰堂」の屋根には鳳凰像が飾られています。

この鳳凰像は、2004年(平成16年)11月1日より発行 壱万円裏面に、印刷されていますね。

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平等院」を出た後、宇治川沿いを上ると、中の島と宇治神社を結ぶ「朝霧橋」があります。

この朝霧橋を対岸に渡り、再び宇治川沿いを下ると、京阪電車「宇治駅」に出ます。

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その途中で立ち寄った喫茶店、レトロなムードの中で、宇治川を眺めながらコーヒーで一息つきます。

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そして、宇治駅からは、京阪電車「中書島」経由で「祇園四条」へ……

懐かしい色の電車に乗って・・・・・・・(実家はこの京阪電車沿線にあったんです)

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京阪電車「祇園四条」駅で降りると、すぐ前が「京都南座」があり、その反対側の四条大橋西詰南側に、北京料理「東華菜館」が見えます。

古い洋館形式の建物ですが、この建物は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計1926年竣工で、登録有形文化財になっています。

また、同店のエレベータは1924年OTIS製の日本に現存する最古のエレベータだそうですよ。

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妹弟夫婦とは四条大橋西詰で合流。    四条大橋の上も、人・人・人・・・・・・・・

1年ぶりの再会でしたが、話の話題は、やはり年金や健康の話が中心!(笑)

食事の後は、少し四条大宮あたりを散策した後、ねぐらのホテルへ向かいます。

京都駅構内には、はやばやと、クリスマスツリーが、飾られてました。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・続く

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2014年11月18日 (火)

ツルシギの飛び物、大失敗

昨夜、京都から帰ってきました。

京都の町は、そろそろ紅葉の季節。どこへ行っても、人・人・人・・・・・・!!

観光客の多さにビックリ!!(自分もその内の一人ですが・・・・)へとへとに疲れて帰ってきました。

その様子は、写真が整理出来たら載せますね。

今回は、すでに出かける前に書いていた続きを載せてみました。

 

 

ツルシギが飛び立つところを撮ろうと、狙ってみるものの、あまりにも岸側に近く、結局、2日間で3度のチャンスがあったのですが、上手くいきません。

まずは1回目のチャンス・・・・・唯一、飛び立った直後の写真ですが、フレームアウト寸前。

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何とか追いかけたものの、後姿。

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2回目のチャンスも、ピントは尾羽に合って、肝心の頭は、ボケボケです。

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3度目のチャンス???・・・・・いえいえ違います。足元に来た魚を追いかけようとして反転しただけなんです。

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3回目のチャンスも、飛び立つ瞬間に間に合わず、後姿のみ。

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後で気づいたのですが、ニコン1V3には、こんな飛び立つ瞬間を撮る時に便利な機能があったんです。

もっと説明書をよく読んでいればよかったのですが………その機能は・・・・「ベストモーメントキャプチャー(BMC)」

シャッターボタンを全押しした前後のシーン40コマを一時記録してくれる機能なんです。

これは使えそう!!

この機能については、後日、試写してから載せますね。

 

今回のおまけは、ハクセキレイの、面白ポーズ!!

何処が顔かな??

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2014年11月15日 (土)

ハマシギ(浜鷸)

ツルシギと散歩(?)してると、、今度はハマシギが、やはり至近距離にいます。

そして、そこへ、てくてく歩くツルシギが大接近!・・・・・・・・・・肝心のハマシギはお構いなしで、餌捕りに夢中です。

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数メートル先の水門で、行き止まりのため、今度はまたまたそこで折り返し、再びハマシギの前を横切ります。

さすがのハマシギも、今度ばかりはビックリ!!慌てて翼を広げて・・・・威嚇??

それにしても、よく歩くツルシギです。

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ツルシギが飛び去った後、駐車場に戻る途中、同じ場所を覗いてみると・・・・ハマシギはまだ居ました。

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水門の方に位置を変えて撮るのですが、このハマシギは、ツルシギ異常に警戒心が無く、目の前でもいろんなポーズをとってくれます。

嘴が少し下に湾曲してるのがよく分かりますね。

普段は群れでいる事が多いのですが、何故か居たのはこの1羽だけ。

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ハマシギ(浜鷸)

日本には旅鳥または冬鳥として渡来する、ポピュラーなシギの仲間ですが、名前の由来は、文字通り、「浜で見かけるシギ」。

場所によっては数百匹の群れで見られることもあり、このような群れが、日本で見られるのは、このハマシギとトウネン・ミユビシギくらいだそうです。(「野鳥の名前」より)

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次の写真は、餌捕り??ではなく、水を飲んでるようです。すくい上げるような仕草が滑稽です。

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これだけ大きく撮ると、結構愛嬌のある顔をしてますね。

ハマシギの群れで飛ぶところは以前に載せていますので、興味のある方は……こちら

 

*明日から墓参りで京都に行くため、コメント返しが遅れますので、ご容赦を・・・・

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2014年11月13日 (木)

ツルシギが目の前に…

11月11日(月)、孫姫たちを川越の「蔵の街」に連れて行った帰り道、久しぶりにI沼を覗いてみると・・・・・

水位がだいぶ下がって、干潟が大きくなってるにも拘らず、いたのはアオサギやコガモの群ればかり。

やっとアオアシシギが1羽確認できたものの、相変わらず寂しい状態が続いてます。

昨年の11月半ば過ぎには、ヘラサギが現われて、賑わったものですが、果たして、今年も現れてくれるでしょうか???

 

 

さて、思い出(?)のツルシギシリーズ、今回は、10月26・27日に撮ったツルシギです。

10月26日、この日も沼は寂しく、デジスコを車に置いたまま、V3だけを肩に掛けて、沼の西縁の道をぶらり歩いてみると・・・・・

目の前の岸辺に、1羽のツルシギが・・・・・・・・至近距離です。(写真はすべてノートリ)

9月末頃にいた3羽より、少し小ぶりのような気がするので、新たに来た個体かもしれません。

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餌を探しながら、ゆっくりと、時には足早に、岸辺沿いを北に向かって歩いています。

時折西日が当たって奇麗です。

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仕方なく、こちらも、ツルシギの歩く速度に合わせて、一緒に歩くことにします。

その間写真を撮る時も、ツルシギは、全く動じる気配がありません。

時々立ち止まっては、餌を探しながら・・・・・・・・・嘴の先から水玉がしたたり落ちます。

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しばらく歩くと、柵があって、突き当りになるのですが、ここでしばらく休憩した後、今度は、今来た岸辺を、戻り始めます。

(前向きの姿も見せてくれましたよ。)

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途中、ザリガニでしょうか?大きな獲物をゲットしますが、大きすぎるのか放棄!!

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テクテクと一生懸命に歩く姿も可愛いです。

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そして、立ち止まって、また餌探し!

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水中まで頭を突っ込むシーンも度々。

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結局、こちらも散歩のお付き合いをしてくっついて歩くことにします。この間40~50分。あっという間の時間でしたが。お陰様で、写真はいっぱい!!

翌27日も同じようなことがあり、この時点では1羽だけ残ってるようです。(セイタカシギも1羽いました)

飛び物も撮ろうとしたのですが、飛び去るところばかり!!

次回見て下さいね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さらに続く!

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2014年11月10日 (月)

今は懐かしいツルシギ

4~5日前から喉が痛くて・・・・・

かかりつけのクリニックで薬をもらったものの、まだスッキリしません。

年を取ると、ちょっとした体調不良でも、活動能力が衰えるものですね。coldsweats01

そんな訳で、少しの間、在庫から載せますね。

台風18・19号の後、I沼はすっかり寂しくなったことは先日にも書いた通りですが、セイタカシギやツルシギで賑わったころが懐かしいです。

この沼でツルシギが一番数がいたのは3羽。(少なくとも私自身が確認した中では・・・・)

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3羽仲良く並んで、お食事中!!結構深い所まで入り込んでますね。

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そして、到着早々のコガモにもご挨拶。

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こんなにかたまって、仲が良いですね。コチドリも羨ましそうに見つめていますよ。

でも、こんなに仲が良いばかりではないですよ。動画を見て下さい!結構仲間同士、争いも起きてることが分かります。

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この頃はセイタカシギやアオアシシギも4~5羽いたんですけどね・・・・・・・・

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こんな餌捕りの様子、動画にも収めてみました。忙しく動き回る姿、早送りではありません。

                                        

これだけ居たツルシギも、10月26日に確認した時点では、ただの1羽。

セイタカシギも1羽だけが寂しそうにしていました。

26・27日の様子に続く・・・・・・・・・・・・・・

*今回は連載になりますので、コメント欄は閉じてます。

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2014年11月 8日 (土)

小さな秋を求めて公園散歩

もしかして、ビンズイにでも会えるかと思いながら、小さな秋を求めて、大宮公園を歩いてみました。(11月4日)

紅葉にはまだ早いものの、イチョウの木も、色付き始め、ハナミズキは日当たりのいい所で真っ赤に色づいています。

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ここは以前載せたハナミズキの並木道なのですが、紅葉したハナミズキ並木を期待していたものの、日当たりの悪い所は綺麗に紅葉してなくて、枯れたような樹ばかりで、ガッカリ!!

赤い実もたくさんついてます。

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しかたなく、ぶらぶら歩きで見つけた?????の葉が綺麗な黄色に色づいてます。

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こんなに真っ赤に色づいた葉っぱも見つけました。

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第一公園の「日本庭園」に移動してみると・・・・・・・・・・・ツワブキ(石蕗)でしょうか???庭のあちこちに咲いてます。

木漏れ日の中で咲く花は、鮮やかな黄色が印象的です。

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この庭園のモミジも綺麗ですが、まだ青々した状態で、見頃は12月初旬頃でしょうか。

小さな池の水面に映った景色がですが、波紋に揺れて、別物のように見えます。

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肝心のビンズイは、松林の中を探しても、その姿は見えず、もう少し後になりそうですね。

奥の池には、名物(?)のキンクロハジロが来ていました。

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2014年11月 6日 (木)

載せ忘れた記事をリニューアル

ブログを初めて4年と3か月。ココロログの容量が94%近くになって、ヒヤヒヤしながらの更新ですが、そろそろその対策を考える時期に来たようです。

今まで、最低でも2~3日ごとに更新していきたいと、出来るだけ時間のある時に、まとめて記事を書いておくように心がけてるのですが、写真が溜まってくると、ついつい、いつか載せようと書いておいた記事が、そのままココログの「記事一覧」に残ったままになってる時が良くあります。weep

そんな時は、削除してしまうことが多いのですが、今回は、そんな中から、8月に書いておいた削除するには可愛そうな記事をリニューアルして載せますね。

「8月の記事をなんで今頃?」・・・・・・・・なんて言わないでくださいね。

題名:「セイタカシギの面白ポーズ」

セイタカシギがこの沼に姿を見せて、はや3か月、数は増えたり減ったりしてますが、10月27日時点で残っているのは、ただの1羽だけ。。

その間、よく観察してると、セイタカシギも、いろんなポーズを見せてくれます。

そんな瞬間を撮るのも、鳥撮り写真の醍醐味です。

今回は、在庫から、面白ポーズを拾い出してみました。

まずは、一番のお気に入り写真、「セイタカシギの阿波踊り?」からです。

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次は、仲間の頭の上をジャンプ!!まるで方にに乗ってるように見えます。

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一番くつろいでる状態??長い足を器用にたたんで、お座り!

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飛ぶ???いえいえ!そうではありません、大きな伸びをしてるんです。

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次の写真も、飛んでるように見えますが、ただのジャンプ!!時々こんな行動を見せてくれるので、目が離せません。

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次の写真は、まさに飛び立つところ!コアジサシもいます。上の写真と比べてどこが違うでしょう??

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こちらに向かって飛んでくるところですが、さすがに飛ぶ姿は綺麗です。

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次の写真は、コアジサシとのコラボです。

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たまには大きく撮ってみると・・・・・・首を傾げた様子が何とも言えません。

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さらに、ズームアップしてみると・・・・・・・目の赤い虹彩が綺麗です。

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以上、忘れられてたセイタカシギの記事のリニューアル版でした。

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2014年11月 3日 (月)

モズ(百舌鳥)の面白い(?)お話

秋になると、あちこちで、モズの高鳴きが聞こえ、賑やかになります。

ノビタキがいた田圃でも、ススキやダンチク(?)の穂の先で、モズが大きな声で鳴いてます。

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ちょっと首をかしげたお嬢さん、なかなかの美人です。

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少し離れたところでは、雄のモズがいます。今の時期から夫婦???????

本来モズは一夫一婦の形態をとるといわれていますが、必ずしもそうではないようです。

調べて見ると・・・・・

2~3月頃、雄の縄張りに雌が訪れて、雌の一方的選択で一夫一妻が成立しますが、一夫一妻の典型のモズに婚外交尾があることがDNA指紋法により明らかにされたそうです。

妻の浮気????

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モズ(百舌鳥)

日本では全国の平地から低山地の農耕地や林緑、川畔林などに生息して、繁殖しています。冬には北日本のものや山地のものは、南下したり山麓へ下ります。

麓では、冬に見られるのですが、冬鳥ではなく留鳥です。

様々な鳥(百の鳥)の鳴き声を真似た、複雑な囀りを行うので、この字が当てられたようですね。

百舌は我が出身地の大阪府の鳥でもあり、堺市にある『百舌鳥』の地名は 「仁徳陵築造の際、倒れたシカの耳から、 もずが飛び去った」(日本書紀)が由来している。と云われています。

ちなみに、大阪府のゆるキャラの一つの「モッピー」は、平成9年の「なみはや国体」のために「府の鳥」であるモズをベースに考案されたそうです。(商標登録の関係で、今は「もずやん」に改名)

そう云えば、JR西日本阪和線には「百舌鳥駅」というのがありますね。

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食性は動物食で、昆虫  節足動物、甲殻類、両生類、小型爬虫類、小型の鳥類、小型哺乳類などを食べます。

次の写真、何やらハチを捕まえたようです。

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セイタカアワダチソウの上で、風に揺られて気持ち良さそう!!

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ところで、モズの仲間で有名なのは、「モズのはやにえ(早贄)」

別のフィールドで、この「はやにえ」の面白い写真が撮れました。

枝に突き刺さってるのはショウリョウバッタのようです。ちょうどバッタを枝に突き刺した直後でした。

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連写で撮ってみると・・・・・突き刺した獲物を食べる様子がよく分かります。

「モズのはやにえ」には諸説があるようで、秋に最も頻繁に行われるが、何のために行われるかは、よく分かっていません。

もともと、「モズのはやにえ」とは、捕らえた獲物を木の枝等に突き刺したり、木の枝股に挟む行為をいい、秋に初めての獲物を生け贄として奉げたという言い伝えから「モズのはやにえ(早贄)」といわれたようです。

ネットで調べて見ると・・・・・・・・・・

①備蓄説:餌が多い時に干物にして、獲物が撮れなくなった時に備える。

②一時保存説:一度に食べ切らなかったときに、一時的に保管しておくため。

③本能説:反射的に獲物を捕ってみたものの、満腹の為にそのまま残しておく。

④フォーク代わり説:嘴の力に比べて、脚の力が弱いため、枝をフォーク代わりにして、むしり取って食べるため。

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しからば、今回のケースは、②と④にあたるのか????

枝に突き刺したバッタを、引っ張ってちぎって、食べ始めますが・・・・・・・・・・

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元のお立ち台に戻ってから・・・・・・・・・パクッ!!

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結局、残った半分には手を付けずに、飛び去ってしまいました。

残念ながら、この後、この刺さった餌がどうなったかまでは見届けることが出来ませんでしたが、いずれにしても、面白い習性をもったモズです。

ところで・・・・・・・

今、TVで放映されてる逢坂剛さんの小説『百舌の叫ぶ夜』『幻の翼』を原作とする「MOZU!」の冒頭の言葉『モズの早贄…それはモズという鳥が行う奇妙な習性のことをいう。モズは、捉えた獲物を枝に串刺しにし、食べることなく飛び去るのだ――』は、上記のどのことを言ってるのでしょうか???①それとも③???


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