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2013年4月

2013年4月29日 (月)

武蔵丘陵森林公園のアイスランドポピー

ゴールデンウィークも前半が終わり、いよいよ後半に突入です。

昨日からココログに障害が発生して、大変でしたね。我がブログも右のサイドバーやコメントが見えず、コールド状態が続いてましたが、やっと今朝方には回復!!コメント返しが遅れてしましました。ごめんなさい!!

状態が回復した所で、今回はまたまた花シリーズが続きます。

 

武蔵野森林公園のアイスランドポピーが見頃なので出かけて見る事にしました。

この日はあいにく朝から風が強く、写真を撮るには最悪の日でした。

取り敢えず開園時間の9時半ごろ現地に到着。car

強い風は収まりそうになく、風の影響を受けにくいチューリップの咲くエリアに先に行くことにします。

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さすがに見頃の時期は過ぎて、花びらも落ちてるものが多かったですが、黄色を中心に何とか写真が撮れました。

次の写真はピノキオ(?)と一緒に・・・・・・・・・

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黄色いチューリップの中に赤や紫の色の花が混じってます。

風でゆらゆら揺れて・・・・・・・風が止まった瞬間を見定めて・・・・・パチリ!!coldsweats02

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紫のチューリップが枯れかけて、花びらが1枚落ちそうなところに光が射して綺麗です。

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チューリップエリアからアイスランドポピーが咲く「運動広場」へ移動することにします。

途中、道を間違えて、かなり大回りをしてしまい、ハアハアゼイゼイ!!(かなりアップダウンがあるんです。)

でも、、目の前に広がったポピーの花畑を見た途端、疲れが吹っ飛びます。

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アイスランドポピー

和名はシベリアヒナゲシ(西比利亜雛罌粟)と呼ばれ、ケシの仲間ですが、英名のアイスランドポピーと呼ばれることが多いようです。

和名のシベリアヒナゲシは1759年に北極探検隊に加わっていた植物学者によってシベリアで発見されたためこの名があり、野生下の原種はシベリアから極東に分布しており、シノニムとされた別種を含めると北アメリカの亜寒帯にも産する。(ウィキペディアより)
今は品種改良された園芸種が世界中で栽培されていて、 英名の Iceland は発見されたシベリアの気候等に由来しており、アイスランド共和国とは関係がありません。

白と黄色だけの野生種と異なり、園芸種はオレンジ、サーモン及びローズピンク、クリーム、これら各色の絞りなど花色の変化に富んでいて、この花畑でも、いろんな種類を見ることができます。

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それにしても、強い風の中でポピーの写真を撮るのは大変!!

敢えてスローシャッターで撮ってみると、こんなっ写真も・・・・・

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風に加えて、陽も高く昇ってピ-カン状態!!最悪のコンディションです。

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仕方なく昼過ぎに切り上げて、園内のレストランで昼食。すきっ腹に山菜そばで満足!!

帰り際、中央口付近の花壇には綺麗な花が・・・・・(もちろん名前は分かりません。)

写真上部の花は「ネモフィラ」??????

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帰りの道中、武蔵丘陵森林公園の近くにある「東松山ボタン園」に寄ってみます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・続く!!

最近、「・・・・・・・・続く!!」が多くてすいません。

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2013年4月26日 (金)

尾島家のクマガイソウ2013

明日からいよいよゴールデンウィーク。

毎日日曜日の生活をしてると、つい、曜日感覚が薄れてくるものですが、さすがにゴールデンウィークが近づくと、人並みにウキウキしてくるのは私だけ・・・・・・????

今回は日光巡りをちょっと休憩して、「尾島家のクマガイソウ」を取り上げてみます。

ここのクマガイソウ(熊谷草)は毎年載せてるので詳しくは書きませんが、今回は光が射しこんで幻想的なクマガイソウを載せます。

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この日は天気も良く、庭のあちこちでクマガイソウが見ることが出来ました。

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ニリンソウ(二輪草)もたくさん咲いてます。

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イカリソウ(碇草)も、ちょうど見頃の時であちこちで可憐な花を咲かせています。

この花もこの時期にはお馴染みの花ですが、まさに名前に付けられたように碇に見えますね。

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横から咲いてるところを撮ると・・・・・・・まるで編隊飛行してるように見えます。

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ユキモチソウ(雪餅草)も咲いてましたが、同じサトイモ科のテンナンショウの仲間のマムシグサやウラシマソウとよく似ていています。

絶滅危惧種に指定されてるようで、種から花が咲くまで長い時間がかかるそうです。

花の外側を仏炎苞(ぶつえんほう)と呼び、その中に先端が丸く膨らんだこん棒状のものがあります。

これを白い餅に見立てたのが名前の由来だそうですが、果たしてお餅に見えますか????

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白と赤のタイツリソウ(鯛釣草)も綺麗に咲いていますが、いつみても不思議な花の咲き方ですね。

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次の写真はマルバスミレ(丸葉菫)の花です。この名前は名札が出ていたので・・・・・・・

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菫の仲間は種類が多すぎて、名前が分からない花がいっぱいあります。

次の写真の名前は分かりませんが、マルバスミレのそばに咲いてました。

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この花はムラサキケマン(紫華鬘)でしょうか???道端に咲いていました。

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この庭の周辺には、今回紹介した花以外に、サクラソウ、シバザクラ、ボタン、イチリンソウ、キンラン、チューリップ、ショカッサイ、アマドコロなどが咲いていて、写真を撮ってると、時間が経つのを忘れてしまいます。

クマガイソウやイカリソウ、タイツリソウなど、昨年に記事に興味のある方は・・・・・・・・・こちら

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2013年4月24日 (水)

日光巡り(パート2)

まずはお詫びから・・・・・・・・・・

前回載せた記事の「鼓楼」と「輪蔵」の写真を間違えて貼ってしましました。訂正してお詫び申し上げます。   (*_ _)人ゴメンナサイ

気をとり直して・・・・・・・・・陽明門をくぐると・・・・・・・・・・・

正面には小ぶりの白い「唐門」があります。

東照宮で最も重要な本社の正門で江戸時代には「御目見得(おめみえ)」(将軍に拝謁(はいえつ)できる身分)以上の幕臣や大名だけが使えたそうです。

全体が胡粉(ごふん)で白く塗られ、「許由と巣父(きょゆうとそうほ)」や「舜帝朝見の儀(しゅんていちょうけんのぎ)」など細かい彫刻がほどこされています。

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「唐門」から伸びる塀にも鮮やかな彫刻が施されています。

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さらに奥に進むと、奥社への参道入口である「坂下門」があり、その手前の潜門の上に左甚五郎の作と云われる「眠猫」の彫刻が見られます。(左甚五郎は架空の人物??)

想像してたより小さな彫刻です。

眠り猫の真裏には雀の彫刻があります。東照宮では猫も居眠りして雀と仲良く共存共栄をして、平和な時代がやってきたことを表しているという説もあるそうです。

東照宮のHPには、牡丹の花に囲まれ日の光を浴び、うたたねをしているところから「日光」に因んで彫られたと解説されていますね。

ここを入ると長い会談の登り坂が続き、奥宮に通じます。

さすがに、普段運動不足の身にはきつい坂道です。

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そしてたどり着いたところに、拝殿・鋳抜門(いぬきもん)・御宝塔からなる御祭神のお墓所「奥宮」があります。

下の写真は「御宝塔」です。

宝塔に納められているのは家康公の神柩(しんきゅう)で建立以来、一度も開けられたことがないと云われています。

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宝塔を回り込んだ途中に、樹齢600年の「叶杉」があり、その祠に向かって願い事をすれば願いが叶うとか・・・・・

早速、たくさんのお願い事をしてきましたよ。(孫姫たちにはここ限定の「叶鈴守り」をお土産に・・・)

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そして元来た道を、今度は下って戻ることにします。

今度は「陽明門」の裏側から撮った写真です。

裏側にもおたくさんの彫刻が施されています。

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もちろん裏側にもたくさんの花、鳥、獣などの彫刻が施されて綺麗です。

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「陽明門」は特に時間をかけてみて見る価値がありますよ!!

東照宮の横道を進むと「日光二荒山(ふたらやま)神社」に通じています。

日光の特徴でもある高い杉の木立の間をのんびり歩くと気持ちが良いです。

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関東平野北部、栃木県北西に立つ日光連山の主峰・日光三山を神体山として祀る神社で、日光三山は男体山(なんたいさん)(古名を二荒山ふたらさん)・女峯山(にょほうさん)・太郎山からなり、当社はそれぞれに神をあてて祀っています。

社殿は日光の社寺最奥の本社、中禅寺湖畔の中宮祠、男体山山頂の奥宮の3社からなり、創建は、上人が767年(神護景雲元年)二荒山(男体山)の神を祭る祠を建てたことに始まるとされています。(ウィキペディアより)

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拝殿を背にして左側に「夫婦杉」、右側に「親子杉」があります。

「夫婦杉」は夫婦円満のご神木で、祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)と田心姫命(たごりひめのみこと)だそうです。

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こちらは「親子杉」で、家庭円満の御神木です。

御祭神親子三神にちなんで根を一つにした三本杉です。

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この頃になるとお腹もすいて、時計を見ると、いつの間にか正午を過ぎていました。

ちょうど近くに、日光金谷ホテルがあったので、寄ってみることにします。

「日光金谷ホテル」は1873年(明治6年)6月開業の現存する日本最古のリゾートクラシックホテルとして、登録有形文化財、近代化産業遺産]に指定されています。

古いホテルだけに、外観は最近のホテルのようにはいきませんが、館内はなかなかお洒落です。

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二階から見たロビーです。

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昼食ランチは3500円。

女房殿は「霧降高原牛のストロガノフ バターライス添え」

私は、「若鳥と蟹入りスペシャルコロッケ トマトソース」

こんな感じです。

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ここで腹ごしらえした後は、折角なので、「華厳の滝」まで向かうことにします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・続く!

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2013年4月22日 (月)

日光東照宮を訪ねて

花日記が続いて、4月上旬に訪れた日光東照宮行きを載せるのが遅くなってしましました。

たくさんの写真を撮ってきたので、花などその他の記事を挟みながら、数回に分けて載せてみたいと思います。

日光東照宮には、まだ子供が小さかった頃、Mさん家族と一緒に行ったきりで、もう何年振りでしょうか、今回が2度目です。

きっかけは、今年4月から陽明門などの大規模改修の予定があるとのことで、今回その前に思い切って出かけることにしました。

4月1日、女房殿と二人で自宅を午前8時ころ出発して、車で約2時間の行程です。

東北道から日光宇都宮道路を経由して、現地に着いたのは午前10時過ぎです。

 

日光東照宮は、栃木県日光市に所在する神社で、江戸幕府初代将軍・徳川家康を神格化した東照大権現(とうしょうだいごんげん)を祀られています。

日本全国の東照宮の総本社的存在です。正式名称は「東照宮」ですが、他の東照宮との区別のために、「日光東照宮」と呼ばれることが多いようです。

次の図は日光東照宮の公式HPから引用させて頂きました。

この案内図を見ながら一緒に散策してくださいね。

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まずは駐車場横の小路を案内通り入っていくと、「御仮殿」があります。

「御仮殿」は、「本社」を修理する際、神霊一時的に移しておく建物で、寛永16(1639)年の建立されたそうです。

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さらに進んで行くと、境内に入り、石鳥居の左側には「五重塔」が見えます。

この「五重塔」は、慶安3年(1648年)若狭の国(福井県)小浜藩主酒井忠勝公によって奉納されました。

文化12年火災で焼失しましたが、その後文政元年(1818年)に同藩主酒井忠進公によって再建されたそうです。

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次は「表門」をくぐってさらに先へ進みます。

この写真、実は帰りに撮ったので裏側になります。coldsweats01

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「表門」を入って左に進むと右側には、「上神庫」「中神庫」「下神庫」があり、総称して「三神庫」と呼ばれていますが、この中には春秋渡御祭「百物揃千人武者行列」で使用される馬具や装束類が収められています。

写真は「中神庫」です。

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そして左側には、あの「見ざる、言わざる、聞かざる」で有名な三猿がある「神厩舎」があります。

「神厩舎」は、ご神馬をつなぐ厩(うまや)で、昔から猿が馬を守るとされているところから、長押上には猿の彫刻が8面あり、左から右へ8ページの絵本「三猿の物語」になって、猿の一生を描きながら人の生き方を伝えています。

8面のうち、表側の5面の写真を撮ってきましたので見て下さい。(5枚並びの写真はこのブログのタイトル写真にも使ってます。)

まずは母子の猿で、母猿は子猿の幸せな未来を願う!ことを表してるそうです。

母猿が、手をかざしながら周囲を警戒してるようにも見えます。

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二つ目は、あの有名な「見ざる、言わざる、聞かざる」の3猿。

幼年期の猿で、子供のころは悪い事を見たり・言ったり・聞いたりしないで、素直なままに育つように諭しているものだそうです。

一方では、よけいなものは見たり、言ったり、聞いたりしない、という処世術を教えてるとも解釈されています。

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次は座っている猿で、幼年期から少年期になり、そろそろ一人立ちしようか、という親から独立しようという時期を表してます。

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上を見上げる猿は、右側の方角の雲が青く塗られていることから、青雲の志を抱く青年期の象徴とされています。

仲間もできたようですね。

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下を見る猿、 3体の猿のうち、まん中の猿は下を向いています。これはちょうど人生の崖っぷちに立たされた状態でしょう。左の猿が慰めるように側にいるのも微笑ましいです。人生の転機を表しているのでしょう。

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「神厩舎」の側面にはあと3面、「物思いにふける猿」「良き伴侶を得て結婚した猿」「妊娠した猿」が彫られており、まさに人生の教えを表しています。

 

そしてその先には、この東照宮で一番有名な「陽明門」が見えてきます。

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「陽明門」の手前右側には「鐘楼」左側には「鼓楼」があります。

それぞれ「鐘楼」は釣鐘、「鼓楼」は太鼓を納める建物で、建物の規模や構造など基本的な形式は同じだそうですが、細部の飾り付けをよく見ると違いがあるようです。

次の写真は「鐘楼」です。

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手前の鐘の屋根の角にはこんな象が・・・・・・

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次の写真は、「輪蔵(りんぞう)」(経蔵)です。

輪蔵は寛永12年(1635年)に建てられ、朱色と金が基調で組物と彫刻が極彩色で彩られた綺麗な建物です。内部には八角形の回転式の書架があり、一切経1456部、6325巻が納められています。

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そしていよいよ「陽明門」

日本を代表する最も美しい門で、宮中正門の名をいただいたと伝えられています。いつまで見ていても見飽きないところから「日暮の門」ともよばれ、故事逸話や子供の遊び、聖人賢人など500以上の彫刻がほどこされています。

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「陽明門」の左右には煌びやかな廻廊の外壁には我が国最大級の花鳥の彫刻が飾られています。いずれも一枚板の透かし彫りには、極彩色がほどこされています。

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この廻廊に沿って左に進むと、「本地堂」があり、その中には有名な「鳴き龍」の絵がありますが、内部は撮影禁止。

前に訪れた時はその絵の下で手を打てたのですが、拍子木を鳴らして説明をしてくれます。

「本地堂」へ入る途中の壁に、こんなものを見つけました。

やっぱり鳥を撮らないと1日が終わらない????

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・続く!!!!

次回はいよいよ「陽明門」から中に入っていきます。

今回は連載になるので、コメント欄は閉じてます。

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2013年4月19日 (金)

ヒキノカサ(蛙の傘)や関東タンポポなど・・・・

前回に続いて、秋ヶ瀬公園「田島ヶ原」の野草です。

ここ田島ヶ原の周辺にはサクラソウやノウルシの他にも、春の野草がたくさん見ることが出来ます。

前回少し紹介したヒキノカサの群生もノウルシの間で小さな花を咲かせています。

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ヒキノカサ(蛙の傘)

キンポウゲの仲間で、湿った場所を好む多年草です。

光沢のある黄色い5弁の花が特徴ですが、この花も絶滅危惧種に指定されています。

名前の由来が面白くて、花を蛙の傘に見立てて「蛙の傘」。

蛙が傘をさすとは思えませんが、昔人は、同じように湿ったところが好きな蛙の傘にちょうどいい大きさだと思ったのでしょうか。

ウマノアシガタの花によく似ています。

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ツボスミレ(坪菫)の花も咲いていました。

昨年は気付かなかったのですが、1センチほどの小さな花です。

唇弁(しんべん)にはいった紫色が綺麗です。

漢字では「坪菫」と書きますが、「坪」は庭の事で、「庭に咲く菫」ということで付けられたようです。

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アマドコロの群生も見られましたが、この日はまだ花を咲かせていません。

アマドコロ(甘野老)は、スズラン亜科アマドコロ属の植物の一種で多年草で、ヨーロッパ・東アジアに分布しています。

山地などに自生していますが、最近は栽培されることも多く、ポピュラーな花かも知れません。

同じ仲間のナルコユリ とよく似ていますが、ナルコユリは、花と花柄のつなぎ目が緑色の突起状になるのに対して、「アマドコロは突起状にならない。また、ナルコユリの茎は丸いが、アマドコロの茎には6本の稜があり触ると少し角張った感じがする。」ことで見分けがつきそうです。(ウィキペディアより)

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次の写真はなんでしょうか???

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カントウタンポポの花です。

タンポポと一口に言っても日本にはいろいろな種類のタンポポがあります。

関東から中部地方に分布する日本原産のカントウタンポポの他にも、東北・北海道に分布するエゾタンポポ、関西地方に多いカンサイタンポポ、関西以南に多いシロバナタンポポ、全国に分布しほとんど一年中咲いているセイヨウタンポポなどがあります。

普段、野原で普通に見かけるタンポポはほとんどセイヨウタンポポで、カントウタンポポを見かけることは少なくなりました。

カントウタンポポ(関東蒲公英)

もちろんキクの仲間で、名前の通り、関東で多くみられます。

花期は3~5月で、セイヨウタンポポがほぼ1年中見られるのに対して、春しか見ることが出来ません。

カントウタンポポの特長は総苞外片の部分が反り返っていないことです。セイヨウタンポポは大きく反り返っているので、花をちょっと裏返してみると見分けがつきます。

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次の写真はノウルシの間から顔を出したカントウタンポポですが、花の下の総苞(そうほう)外片の部分が反り返ることなく閉まってるのが分かります。

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次はシロバナタンポポ(白花蒲公英)です。

名前の通り、白い花をつけるタンポポですが、カントウタンポポと同じように花期は3~5月です。

本種は日本在来種で、本州関東以西、四国、九州に分布し、西の方ほど多く見られ、 北限ははっきりしませんが、北海道松前町龍雲院の境内で確認されているそうです。

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菊の仲間の特徴である、花びらのように見える舌状花は、他のタンポポと比べても少ないことが分かります。

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タンポポも、最近か交雑種が増えたりして見分けがつきにくいものもあるようですが、一度足元のタンポポをゆっくり観察しても面白いかもしれません。

以前にも書いたことがあるのですが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「セイヨウタンポポが日本古来のタンポポを駆逐してしまった」と良く言われることがあります。

これは正確には誤りだという説があります。セイヨウタンポポの名誉挽回(?)の為にももう一度書いておきたいと思います。

セイヨウタンポポは在来種よりも生育可能場所が多く、かつ繁殖力が高いが、その反面で多くの在来種よりも低温に弱く、初春から初夏にかけての寒暖差が激しい条件下では生育できない場合も多い。

セイヨウタンポポの個体数が多いために相対的に在来種の割合が減っただけで、在来種も一定の個数で存在している。また、茎を大きく伸ばさないため、かえって都市部で在来種が見られる場合もままある。(ウィキペディアより)

 

 

こに時期の公園では八重桜も綺麗に咲いていました。

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2013年4月16日 (火)

田島ヶ原のサクラソウ自生地

今回は秋ヶ瀬公園で、鳥見をした後、サクラソウ(桜草)の様子を見にちょっと寄り道です。

秋ヶ瀬公園の南端にある「田島ヶ原サクラソウ自生地」はサクラソウの自生地として有名で、国の特別天然記念物に指定されています。

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駐車場に車を止めてあたりを見渡すと・・・・・・・一面のノウルシが群生していて、肝心のサクラソウはその隙間にひっそりと咲いてるという感じです。

ノウルシ(野漆)

トウダイグサ(灯台草)の仲間で全国に分布してるようですが、絶滅危惧種に指定されてるとか・・・・・

野に生えて、茎からウルシに似た乳液を出すのでその名前が付いたそうですが、有毒植物だそうです。

この秋ヶ瀬では特に多く、いたるところで見ることが出来ます。

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ここは「田島ヶ原サクラソウ自生地を守る会」の方たちが、このサクラソウの自生地を守っておられますが、このところノウルシの方が勢力を増してきてるようですね。

この日の花もあまりいい状態ではなく、少し痛んだ花が多かったです。

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圧倒的なノウルシの間に咲くサクラソウです。

花がサクラソウに似てることからこの名前が付いたそうですが、この花も絶滅危惧種に指定されています。

埼玉県の県花でもありますが、私が生まれた大阪府の花でもあるようです。

サクラソウ属植物は世界中に約400種あり、花の形などに極端な違いがないことから、「サクラソウ」という語を広義的、総称的に使われています。

そのため、他のサクラソウ属植物も「サクラソウ」と俗称されることがあり注意を要する・・・とのこと。

園芸店でよく「サクラソウ」として売られている植物の中には西洋サクラソウ、プリムラ・マラコイデス、プリムラ・オブコニカ、などがあり、本種が売られることは少ないそうです。(ウィキペディアより)

花弁が5個に深く裂けてるのが特徴です。

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折角なのでノウルシの花も載せてみます。

逆傘状に枝を伸ばし、その先端に可愛い花をつけてます。

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ところどころヒキノカサも小さな群生をつくってます。

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ノウルシが多くて肝心のサクラソウだけの群生を見ることが出来ないので、ここから西側の少し離れた場所に移動します。

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この一角だけは、ノウルシの勢力が及んでいなくて、サクラソウの群生が楽しめます。(移植された??)1枚目の写真もここで撮ったものです。

花の痛みも少なくてきれいです。

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ちょっとローアングルで撮ってみました。

地面からニョキニョキ生えてる様子がよく分かります。

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ここにはサクラソウやノウルシの他に、ヒキノカサやツボスミレ、アマドコロ、カントウタンポポ、シロバナタンポポなどが見れます。

これらの花は次回載せる予定です。

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2013年4月13日 (土)

ハナミズキ(花水木)通り

大宮第1公園から第2公園につながる道「ハナミズキ通り」のハナミズキが見頃です。

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この道は「ハナミズキ通り」と呼ばれ、毎年4月下旬になるとハナミズキが綺麗な花を咲かせます。埼玉の風景20選にも選ばれてます。

今年は少し早く咲くかもしれないと思い、昨日(12日)午後、出かけてみました。

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思った通り、8~9分咲きぐらいでしょうか、白や赤・ピンクなどの花が綺麗に咲いていました。

この道を進むと大宮第2公園につながっているのですが、のんびりと先へ進んでみます。

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生まれ育った大阪ではこのハナミズキの花を見る事はあまりなかったのですが、どういう訳か関東ではあちこちの公園や庭先で見ることが出来ます。

それもそのはず・・・・・

ハナミズキ(花水木)は、北アメリカ原産で、1912年に当時の東京市長であった尾崎行雄が、アメリカワシントンD.C.へ桜(ソメイヨシノ)を贈った際、1915年にその返礼として贈られて植栽されたのが始まりだそうですから、関東に多いわけですね。

当初は日本の「山法師」と似ているため、取り敢えず「アメリカ山法師」と名付けられたそうです。

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上を見上げてみると・・・・・・青空に映えて綺麗です。

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この日は平日の午後と云うこともあって、住宅街の真ん中を通るこの道も人通りはまばらです。

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やっぱり赤ピンク色が青空には一番似合うようですね。

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花言葉は、・「私の思いを受けて下さい」・「公平にする」・「返礼」・「華やかな恋」

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花一輪を撮ろうとしたのですが、住宅が多く背景が良くありません。そんな中の一輪です。

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足元にはアヤメの仲間のシャガ(射干)が咲いていました。

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(おまけ)

ハナミズキと云えば・・・・・一青窈さんの「ハナミズキ」を思い浮かべる人も多いと思います。

四万十をバックに聞こえるハナミズキの歌は・・・・・・・・・・

     http://youtu.be/X_406XRTyL4

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2013年4月11日 (木)

シロハラの採餌

4月8日(月)、久しぶりにデジスコを担いで、A公園を散策してみました。

先週末の荒天で、渡りの鳥でも途中下車してることを期待しながら、歩いてみましたが収穫は無し。

先週見かけたウソの姿も消え、目立つのは、鳥撮りさんたちだけです。

皆さんオオルリやキビタキを期待手の探鳥のようですが、全くの期待はずれです。

やっと見つけたのはビンズイ

O公園ではよく見かけるビンズイも、ここA公園では珍しいのか、あっという間に鳥撮りさんたちが集まってきます。

木の枝で入念な羽繕をしてますが、あまり奇麗な個体ではありません。

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あきらめて帰ろうと駐車場に向かう途中に、シロハラ(白腹)が1羽、のんびりと地面に降りてます。

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今シーズンは、やたらシロハラが多い年でしたが、今日は背景が良い所にいるので、何か面白い写真が撮れないかと・・・・・腰を落ち着けて待機してみます。

上の写真と下の写真は同じ個体なのですが、日陰と日向ではだいぶ印象が違いますね。

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シロハラは、もちろんツグミの仲間なので、地面で採餌することが多く、普段あまりいい所に出てくれません。

以前、アカハラの採餌シーンを動画で載せてことがあるので、今回はシロハラもどうぞ!!

途中でミミズらしいものを捕って食べてます。分かりますか????

                                  

こんどは、突然地面から切株に飛び移ったと思った瞬間、器用に反転して空中の小虫を捕まえたようです。

口に何かを咥えてるのが分かりますか。(写真をクリックすると大きくなります)

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そして・・・・・・・・・パクッ!!次の写真は虫を飲み込んだ後ですが・・・・・・・・

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まだ食べ足りないのか、またまた地面を穿り返します。

今度見つけたのは大きなミミズです。ミミズはシロハラの大好物!!

ちょっとグロテスクな写真かも知れませんので、興味のない方はそのままスルーしてくださいね。

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ここ

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飲み込んだ後は澄ました顔で満足そうです。

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大きなミミズでお腹がいっぱいになったのか、日向ぼっこを始め、しばらくの間動いてくれません。

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こんなところにも止まって、まるでかくれんぼをしてるようですね。

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こんなシロハラも間もなく旅立ってしまします。

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2013年4月 9日 (火)

花筏

都内で見つけた風景です。

万世橋近くの小さな橋の上から川を覗くと、こんな幻想的な光景が・・・・・

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桜の花びらが川面に漂って、大きな帯になってます。

川面に映る青い色は空の色です。(敢えてアンダーに仕上げてます)

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花筏の間にはユリカモメがのんびりと花見(?)を楽しんでます。

ハート形に見えませんか???

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川沿いに立つ建物も一緒に・・・・・

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YouTubeでこんなピアノ曲を見つけました。「さくら さくら」、この曲を聴くのも久しぶりですが、心が落ち着きます。

興味のある方は下記URLをクリックしてください。

http://youtu.be/4URKpN8MSJk

 

 

 

 

*今回は所用のため、コメント欄を閉じてます。

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2013年4月 7日 (日)

名残惜しいサクラとウソ

4月5日(金)、週末は天気も荒れ模様でしたが、この日は快晴。

このところ腰痛のため、鳥撮りにご無沙汰してましたが、久しぶりに午後からA公園へ出かけてみました。

さすがに三脚を担ぐのはやめて、デジイチに456を付けて気楽なスタイルで・・・・・

公園にはオオルリが入ったようで、平日にもかかわらず、鳥撮りさんたちで賑わっていました。

道端の桜の木の下には2~3人の鳥撮りさんたちがいます。

上を見上げると・・・・・ウソの雄が1羽と雌が2羽、桜の芽を啄んでいます。

まずは雄から・・・・・

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そして雌です。

桜はすでに大半の花が散ってしまってますが、葉桜にウソもなかなかのお似合いです。

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今シーズンは、ウソの当たり年でしたが、こんな時期まで居るのは久しぶりでしょうか。

次の写真は、かろうじて、雄と雌が接近した時の写真です。

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この後、オオルリポイントにも寄ってみましたが、皆さん手持無沙汰で待機中。

なかなか姿を現してくれないようです。

今度は下に目を向けると・・・・・・・・・

ノウルシハナニラの花の上には可愛いバッタの赤ちゃんが・・・・・・

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公園では、ハナニラやノウルシ・ホトケノザ・ヘビイチゴ・ヒメオドリコソウ・オオイヌノフグリなどがあちこちで花を咲かせています。

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この公園にもそろそろ旅の途中で立ち寄ってくれるオオルリやキビタキ・サンコウチョウなどで鳥撮りさんたちも忙しくなるでしょう。

 

 

今日のおまけは、ちょっと運転中に見つけたお寺の名残惜しいサクラの風景です。

もう桜も終わりの4月4日(木)、車で走ってる途中に見つけた川越の町から少し離れた小さなお寺の境内です。

その名は「長福寺」、境内には桜の花びらが舞い、地面には花びらがいっぱい。

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満開の時はさぞかし見事な桜を見ることが出来たかもしれません。

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来年、もう一度訪れてみたいと思います。

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2013年4月 5日 (金)

川越ぶらり(2)

新河岸川沿いに今度は蔵の町までぶらりぶらりと向かうことにします。

ここ川越市は、自宅から車で30分程の所で、たびたび訪れるものの、案外この町の事を知りません。

そんな訳で、ちょっとウィキペデイアで調べてみました。

江戸時代には親藩の川越藩の城下町として栄えた都市で、「小江戸」(こえど)の別名を持ち、城跡・神社・寺院・旧跡・歴史的建造物が多く、文化財の数では関東地方で神奈川県鎌倉市、栃木県日光市に次ぐ・・・・・・・・とのこと。関西出身の私にはちょっと驚きです。

歴史まちづくり法により国から「歴史都市」に認定されている(埼玉県内唯一の認定)でもあり、戦災や震災を免れたため歴史的な街並が残っていて、市内の観光名所には年間約620万人もの観光客が訪れる観光都市であるそうです。

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川越城を擁する川越藩は江戸幕府の北の守りであり、武蔵国一の大藩としての格式を誇り、酒井忠勝・堀田正盛・松平信綱・柳沢吉保など大老・老中クラスの重臣や御家門の越前松平家が配された程で、江戸時代から商工業や学問の盛んな城下町として栄えたようです。

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川越に残る蔵造り商家も良く知られてますが、最盛期には100軒以上の蔵造り建物が街中にひしめき、現在でも「蔵造の町」としても人気がある町です。

では何故、このような蔵造の町がつくられたのでしょうか?

「蔵造り資料館」のホームページによると・・・・・・・・・・・

川越に蔵造りの町並みが形成される契機となったのは、明治26年の大火です。この未曾有の大火災は、川越商人たちの防火対策への意識の変革をもたらしました。川越商人は江戸時代以来、新河岸川の舟運などによる江戸との商いで富の蓄積があり、復興のための財力は十分にあったようですが、同じ惨事を繰り返さないよう、建物そのものを防火建築にすることを考えました。

大火の際に焼け残った建物が伝統的な工法による蔵造り建物であったことに着目し、商人たちは競って蔵造り建築による店舗(店蔵)を建てました。もっとも、東京日本橋には明治10年代に既に蔵造り建物による町並みが形成されていたこともあり、江戸の商人に対する羨望や憧憬もあったのかもしれません。

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「蔵造り資料館」のHPは・・・・・・http://www.kawagoe.com/kzs/

興味のある方は覗いてみて下さい。

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町の一角には、こんなカラフルな傘屋さんもありました。

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一歩、路地に入るとこんな家並も見ることが出来ます。

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何屋さんでしょう???路地の一角にカラフルなバッグが・・・・・・

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この町で有名な「時の鐘」です。

木造3層造りで、やぐらの高さは約16メートル。

今から約400年前の寛永年間に当時の川越藩藩主、酒井忠勝によって建設されたといわれていますが、火災によりたびたび鐘楼が焼失しており、現在の4代目は1983年(明治26年)に起きた川越大火の翌年に再建されたものだそうです。

その響きの良い音色は平成 8年、環境省の「残したい“日本の音風景100選”」に認定されたそうですが、その音色をまだ聞いたことがありません。

YouTubeを検索すると・・・・その動画がありました。

音色に興味がある方は・・・・・http://youtu.be/8w9_VqgpAUg

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この蔵造の街には「菓子屋横丁」など他にも見るところがいっぱいですが、今回はこの辺でおしまいにして、駐車場まで戻ることにします。

折角なので、駐車場の目の前にある、「川越城本丸御殿」に寄ってみました。

もともと、川越城は、長禄元年(1457)に、上杉持朝の命により、家臣の太田道真・道灌親子が築いたといわれています。江戸時代には川越藩の藩庁が置かれ、別名、初雁城、霧隠城とも呼ばれて、関東七名城・日本100名城にも指定されていますが、今は堀の一部が残されているだけです。

「本丸御殿」は嘉永元年(1848)、時の藩主松平斉典が造営したもので、武家風の落ち着いたつくりが印象的な建物です。

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大広間にいまだに残る松の絵の絵板戸や、現存する家老詰所には家老の人形などがあり、歴史好きな方にはたまらないかもしれませんね。

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御殿の前にはこんなきれいな枝垂桜がありました。この時点ではまだ7~8分咲きでしょうか。

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今回は、新しいカメラの試し撮りも兼ねてましたので、駆け足になってしましました。

心配した腰痛も再発する気配はなさそうなので一安心!!!happy01

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2013年4月 2日 (火)

川越ぶらり(1)

3月29日(金)快晴、腰の具合もだいぶ良くなってきたので、リハビリ兼ねて川越をぶらりしてみました。

川越城本丸御殿前の初雁公園の駐車場に車を止めて、新河岸川沿いに蔵の町まで歩くことにします。

まず立ち寄った川越氷川神社境内にはこんなものが・・・・・・

「鯛」の字にかけた「一年安鯛」「あい鯛みくじ」です。

縁起物のようですが、釣竿で釣り上げるようになっています。なかなかのアイデア???

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境内から願い事を書いた札のトンネルを抜けると、新河岸川に出ます。

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我が家近くの桜はそろそろ散り初めなのに、ここのサクラは今が満開!!

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ここでは毎年、「小江戸川越春まつり」の一環として「小江戸川越春の舟遊」が行われます。

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川面には見事な桜が映って奇麗です。

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川越の街を流れるこの新河岸川は・・・・・・・・・・・・・・

江戸時代、川越藩主松平信綱が、当時「外川」と呼ばれていた荒川に対し、「内川」と呼ばれた「本川」に、「九十九曲り」と言われる多数の屈曲を持たせることによって流量を安定化させる改修工事を実施し、江戸と川越を結ぶ舟運ルートとしたのが始まりで、以降、本川沿岸には新たに川越五河岸をはじめとした河岸場が作られ、川の名も「新河岸川」と呼ばれるようになったそうです。

舟運は特に江戸時代末期から明治時代初めにかけて隆盛し、客を乗せる早舟は、川越夜船とも呼ばれ、川越と江戸を4日から5日で往復した。

貨物輸送にはこれより遅い船と速い船があり、速い船は2日で往復したそうで、当時の大切な交通手段でもあったようです。。

船は喫水が浅い高瀬舟で、明治・大正期にはニブネと呼ばれて、積載量は70石から80石、長さ15メートルくらいのものが多かったようです。

明治時代に川越鉄道(現在の西武新宿線)や川越馬車鉄道(のちの西武大宮線、廃止)、大正時代にはほぼルートを同じくする東上鉄道(現在の東武東上線)が開業した結果、舟運は衰退していった。(以上、ウィキペディアより)

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少し上流にある水門から撮った川面の桜です。

陰に射し込んだ日差しの色が綺麗でした。

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翌3月30日から5月6日まで「小江戸川越春まつり」が開催され、市内各所でいろいろな催し物が計画されてますが、観光客もたくさん訪れ、賑やかになりそうです。

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ただ、ちょっと心配なのが4月6日(土)の「小江戸川越春の舟遊」

今年は桜の開花は例年より早かっただけに、当日まで花が持つかどうか?????

次の写真は、2010年4月3日に撮影したものですが、情緒があって華やかな催し物なのですが・・・・・・何とか当日まで咲いていてほしいものです。

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新河岸川から蔵の町まで歩く道中には綺麗な椿が咲いていました。

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次回は蔵の街並みと、川越城本丸御殿を紹介します。

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